歴史

Posted by: houdou  //  Category: メディア・リテラシー

かつて、江戸時代、特に幕末では情報規制が厳しく、倒幕派や攘夷派の起こした事件は大っぴらに報道できなかった。
しかし、隠語を巧みに用いてお上にばれないように、瓦版を発行し知識がある者はそれを読み取った。

昭和初期の大陸での陸軍の暴走がメディアによって支持され、世論により政府の不拡大政策は崩れました。
さらに、第二次世界大戦勃発後、ドイツの快進撃が報道されるに及び、ドイツとの同盟論が復活し、その上英米に歩み寄る政府の姿勢をメディアが批判的に報道し、世論は対英米協調に反対を示し、それに乗じた陸軍の工作により、協調路線をとる米内光政内閣は崩壊しました。

一つの見方では、メディア・リテラシーの欠如が日中戦争の拡大を促し、太平洋戦争を勃発させたとも言えます。

「語られない情報」の存在

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テレビや新聞のニュースで触れられない情報の存在も常に念頭においておく必要があります。
特に、広告主から広告収入を得ているマスメディアでは、自身の広告主を批判することは、極めて難しいです。
これは、仮に広告主に対して批判的な報道を行えば、その広告主が降板してしまい広告収入が減ってしまう、あるいは広告主から何かしらの圧力を受けるといった事態を招く事は必至だからであり、基本的に営利追求を目的とするマスメディア企業としては、そのような事態を招きたくない為である。その為、自身の広告主への批判を自主規制してしまう事が多い。

米国でも意図的に政権批判を避けることがある。大富豪婦人の謎の死と戦争を比べ、報道の加熱は社会への影響を考えるとどちらがより重大です。

メディア・リテラシーとは

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何か一つの物事に関する情報を伝える際、その物事の「全て」を伝える事は物理的に不可能であり、この点は情報を伝える媒体を問わない。
従って情報を伝える際には、その情報を発信する表現者が情報の取捨選択をしない限り、物理的な理由からその情報を伝えられなくなってしまいます。
つまり情報を伝えるには、表現者が必ず何かしらの編集を行わざるを得ず、そうして伝えられる情報は必ず「実際の物事の姿」とは異なるものがある。

一方、一つの物事についての捉え方は、個人あるいは組織によってそれぞれ異なってくる。
従って、物事に関する情報を伝える個人あるいは組織等の表現者も、その伝えようとしている物事に関して、それぞれ異なった捉え方がある。

表現手方による情報に偽り

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例えばテレビ・ニュースの一コマにおいて、その構成や編集によって、事実から大きくかけ離れた印象を受ける可能性があります。

まず、「何を撮るか」に取捨選択が働いています。
その場面を肯定的に伝えるか、否定的に伝えるかは、編集次第です。
明るいBGMを流し、キャスター、ナレーター、コメンテーターが肯定的なコメントをすれば支持・宣伝に、逆に不安を掻き立てるようなBGMを流し批判的なコメントをつければ告発になります。
印象操作の為の表現方法は非常に多種多様であるが、テレビ・ニュースを視聴する際は、キャスターやナレーターの言葉はもちろんの事、同時に流される映像や効果音等に対しても注意して視聴するのが望ましいです。
なお、新聞や雑誌でも同じく情報・印象操作があります。